リスク 管理のプロセス
リスク という言葉は日本において「危険の可能性」という意味で使われていることが多いです。しかし、ビジネスの世界で使われるRiskというのは、あくまで基準値からのフレを指し、プラスもマイナスも両方あるというものです。前者をPure (Insurable) riskといい、後者を(Business) Riskとされています。そのため、 リスク 管理を行う際の第一歩は、ベースケース(標準値)を決めるということになります。
リスク 管理において、PMの知識体系に基づきますと、下記の通りのステップとなります。相互の関係を図1に示します。
- リスク を特定する (Identify Risks)
- リスク を定性的・定量的に分析する (Perform Qualitative and Quantitative Risk Analysis)
- リスク の対応策を立案する (Plan Risk Responses)
- リスク 対応策を実施する (Implement Risk Responses)
- リスク を監視する (Monitor Risks)
ここで一つ注意したいのは、 リスク に対抗する方法として、事前対策と事後対策があるというものです。それを踏まえて、 リスク 対策を立案する必要があります。
リスク の特定
リスク には、様々な切り口がありますが、重要なのは、検討の段階で、如何にもれなく・かぶりなく(Mutual Exclusive, Collectively Exhaustive; MECE) リスク を抽出できるかとなります。加えて、どの立場で リスク を見るかが重要となります。プロジェクトファイナンスを組む場合には、レンダーの視点での リスク 管理も必要となります。ここでは、開発者の目線で、 リスク を区分した例を示します。
Force Majeur(FM) リスク
民間事業者としては如何ともしがたい事象が生じた結果に発生するリスクです。火災・洪水・地震などの一部の事象は、CAR (Construction All Risk)保険によって保証されることもあります。しかしながら、戦争、暴動、ストライキ、工場閉鎖、核爆発、収容、政治介入等に起因する場合もFMとなりますが、MIGAやNEXIなど、国際開発金融機関(Multilateral Development Bank:MDB)や政府系の保険会社によっては保証されることもあります。しかしながら、これには入らないPolitical Riskについては、カバーされないため、政府との契約書、売電契約(Power Purchase Agreement:”PPA”)や譲渡契約(Concession Agreement:”CA”)などに、Political Riskとして、政府側に責を負ってもらう必要があります。
またFMリスクは原材料あるいは輸送などのサービスの主要サプライヤーにも発生することがあります。主要国内(基本的にはプロジェクトを実施している当該国)でなければ、コントラクターが担うべき リスク と言えます。
FMリスクの配分は、いづれの契約書においても重要な内容になっており、コスト(Additional Cost:AC)とスケジュール(Extention of Time for Completion:EOT)への影響をどのように関係者が分担するかを話会うことになります。政府が担うことが理想的ですが、通常のFMリスクは、EOTのみ、Political RiskについてはACとEOT、事業者はこの条件をコントラクターにパススルー、一部はACも考慮するが、それは保険会社に移管するのが基本的な構造といえると思います。
カントリーリスク
カントリーリスクとは、禁輸措置、プロジェクトの収用、兌換政策、資金移動の禁止などのリスクをさします。こうした問題が発生した場合、その解決に関わる リスク と責任の一部、もしくはすべてをMDBを中心として銀行団が担うことも多いです。もちろん、これらの銀行との融資交渉時点において、プロジェクトが位置する政府に対して、PPAやCAに政府保証を含む関連条項を盛り込むことは条件となります。これは、それら銀行団が当該国にそのプロジェクト以外にも融資をしていることも多く、事象が発生したときに、交渉力を有するという点があるからです。その他、FMと同様に、MDBや政府系の保険会社に リスク を移管する方法もあります。
カントリーリスクを評価する場合、ソブリンリスクを考慮に入れるのも、カントリーリスクを考えるうえで重要です。ソブリンリスクとは、国そのものの貸出しの信用度を評価したものであり、国債などの利回りなどで定量的に評価ができます。
内部リスク
構成組織内部で発生する事象です。対応能力不足にもとづくもので、設計ミスや技術不適合、また当該国の文化、習慣、環境、国民性、法令などの習熟度不足などもあります。再エネのIPPプロジェクトでは、一社で開発を行わず、複数社で行うこともありますが、どのような企業とパートナーとするのかも重要な点です。
パートナーリスク
パートナーの責務、倒産や契約不備による係争などの事象が生じる場合があります。こうした リスク が発現した場合の対応のため、共同事業協定書(Coorperation Agreement)や株主間協定(Share Holders Agreement)を結んだり、優秀な人材を配置して、相互間でよい関係を構築することが考えられます。
技術リスク
プロジェクトに関係する技術に関わる リスク ですが、Technologyとしての問題点というよりも、再エネは比較的ローテクであるので、設計や施工などを考える場合、Technicalに関連する リスク として分類されます。別の リスク とも関連するので、はっきり切り分けられない部分もあります。下記に別途あげる項目以外には、調査不足(地質リスクにも関連)による前提条件の変化や、設計や施工計画のミス(内部リスクに関連)などが技術リスクとして挙げられます。 リスク に対応する方法として、適切なアドバイザーの雇用や能力が高く、経験の豊富なIn-House Engineerの配置などが挙げられるかと思います。
気候リスク
計画前や操業中の場合、火力発電所などでいうと燃料調達リスクに相当するかと思います。たしかに、実際には燃料は不要ですが、水力ならば水(水文)であり、風力なら風(風況)、太陽光ならば日射量によって、その発電量は大きく変わります。つまり、月単位はもちろん、年単位においても変動が生じ、事業性を判断するキャッシュフローに大きく影響を与えます。
近年、そうした自然状況を予測するソフトウェアも開発されていますが、往々にして外れます。重要なのは、実際の実測値であり、その精度(計測技術)と期間(データ数)が重要となってきます。制度が低い、データ数が少ないということは、とりも直さず、ネガティブリスクが高いということであり、慎重な検討が求められます。そのため、自然リスクをOff-Takerに追ってもらう契約を結ぶことが考えられる。Take-or-Pay契約やCapacity Paymentなどにより、資本費用を回収する必要があります。
次に建設中において、気候によって発電所の建設が大きく影響を受けることがあります。特に水力発電所の場合、水文リスクとして、河川内の工事を行うため、仮排水路をどの程度の大きさ、洪水確率年にするかが重要な問題となります。高い確率年ではコストが高くなり、低くすると、想定以上の洪水が建設場所に流入して工事遅延、損害が発生することになります。
地質リスク
再エネ開発において、建設時にコストや工期に影響を与える リスク といえます。その土地の地形・地質・エネルギー特性を使って開発するため、地質がプロジェクトを与える影響は非常に大きいです。
地質リスクを特定するためには、計画段階から系統的に地質調査を行う必要があります。予備調査段階では、広い範囲の概略調査を行い、建設段階では狭い範囲の詳細調査を行い、望ましくない地質条件を見逃さないようにすることが重要となります。
地質調査が増えれば、調査精度も上がり、リスク低減につながりますが、風力であれば、海のボーリングは非常に高額であり、ダムにおいても長い岩盤へのボーリング調査は同様です。ただ、地層の形成特性によっては、ある程度、見えない部分の推定も可能である一方、褶曲などの造山活動があるとろこでは、何本ボーリングを掘っても特定するのは難しい地点もあります。結局、この地質リスクの算定こそが、開発者やエンジニアの能力によって大きく左右される点と言えます。
本件のリスク分担が非常に難しく、FIDICのSilver Bookでは、このリスクはコントラクターがもつため、リスクプレミアが非常に高くなります。よって、通常の水力は風力など、地質リスクの影響が大きい分野では、開発者側がリスクをとることも多く、その基準を建設契約締結前に取り決め、契約を結ぶ事例があります。その地質基準を記載したものをGeotechnical Baseline Reportとして、契約書に取り込まれています。
Geotechnical Baseline Reports for Construction: Suggested Guidelines
Randall J. Essex
送電リスク
これは電力特融の リスク であり、①マーケットに通じるグリットに接続ができるか、②送電時に事故が起こり、電気が届けられなくならないか、③送電に生じるロスはどうするか などが挙げられます。
再エネ導入が増加するに従い、①が特に問題になってきていることが多く、スクリーニングの時点で①については判断、 リスク を織り込む必要があります。また国境を超える場合、税や法律、また電圧の変更のための昇圧設備など、更に問題が多くなります。②については、送電線が誰の所有になるかに依存しますが、基本はOff-Takerが持つことが多くなりますが、一方で一部は開発者が持つこともあり、維持補修が重要となります。③について、どこで発電量を計測するかにかかってきますが、この取り決めりにり、想定する収入が変動するうえ、送電線容量によってもその量が変化するので注意が必要となります。
環境リスク
環境リスクについては、自然環境と社会環境に分かれます。どの国においても環境社会影響評価(Environmental and Social Impact Assessment:ESIA)の実施が義務付けられており、特にInternatinal Finance Corporation(”IFC”)やアジア開発銀行(Asia Development Bank:ADB)などのMDBによって、環境基準が決められており、更に銀行団による赤道原則にその内容の最速が定められています。特に移転を伴う場合は、Resettlement Action Planと呼ばれる移転計画を立て、影響を受ける人々(Project Affected People:PAP)との対話を十分に行う必要を定めており、その遵守が求められます。
至近では、環境影響の緩和に対する費用が非常に大きく、環境リスクはこれまで以上に十分に考慮に入れる必要があります。
商務リスク
工事・完工リスク
再エネプロジェクトは、大規模な建設を伴います。しかも、風力、特に水力発電は建設期間も長く、銀行より資金は借り受けていますが、その間は当然売電できず、したがって収入は得られません。完工リスクとは、プロジェクトで用いる設備の整備や建設の難易度が高い場合に、当該設備が予定通り完成し、スケジュール通りに事業を開始できない リスク を指します。太陽光発電は比較的この完工リスクが低いのに対して、陸上風力<洋上風力<水力発電所の順で難易度は高く、また建設期間も長くなります。
再生可能エネルギーのサイトはインフラが未整備である場合も多々あります。そのため、アクセス道路を作成したり、仮設ヤードを設置したりなど、事前に施工を考慮して、これらのインフラが整備された状態で建設するのが望ましいです。
コントラクターの能力不足による完工リスクも起こりやす事象です。そのため、施工を担当するコントラクターの類似施工実績等を分析したり、財務状況を分析したり、また入札時にこうした要素に基準を設けるなどを行い、 リスク の回避を行う必要があります。
コストオーバーランも工事でよく生じうる リスク ですが、主には地質リスクの発現が原因であることが多いです。後ほども示しますが、この リスク を回避するために、Contingency Reservesを個々の活動に対して設定するほか、Unforeseeableな事象の対応として、Management Reservesを設定するなどをし、コストオーバーランが無いようにします。
工事そのものにおいて、労働力の確保や質を保つ、また資材や機材が予定通り遅れなく調達できるかも重要な要素です。これはコントラクターの能力不足にも通じますが、コントラクターに余裕をもった調達計画を立てさせる意味で、Advance PaymentやMilestone Paymentにおいて、コントラクターのキャッシュフローが赤字にならないように設定することも有効な手段だと思います。これによりコントラクターの資金不足になることを避けられるものと考えます。
また、開発者側の資金が不足する事態も可能性としてあります。Finance Documentsの規定事項を満たせず、Defaultとなり、借入金の引き出しができないケースや、海外送金が何らかの理由(カントリーリスク)止められる場合などです。
操業リスク
プロジェクトが完成し、要求通りに発電所が建設されれば、発電が開始でき、予定収入が入るようになります。しかし、特に初期段階ではプラントの不備が生じるのは多々あるケースであり、通常、2年程度のDefect Notification Period(瑕疵担保期間)が設定されます。ここで不具合が生じた場合、メーカーやコントラクターから保証されることになります。
また安定した運転を行うために、発電のための特別目的会社(Special Purpose Company:SPC)において、十分な運転組織が組成されるか、外部委託として、Long-Term Maintenance Agreementを事前に結ぶなどして、安定的な運転ができるように対策をすることになります。労働力の確保や質、また資材・機材の確保は操業中も同じであり、長期にわたる運転体制を、内部・外部ともに整えることが重要となります。
当然、予期せぬ事態により、運転が止まる可能性もあるため、そのために操業期間はBusiness Interruption などの保険を付保して、万が一の場合を備えます。
マーケットリスク
収入の源泉となる電力販売に変動があるかどうかは、プロジェクトで予定されているキャッシュフローの安定に大きく影響します。例えば電力自由市場である場合、発電指令が必ずしも来るとは限らないため、価格が変動することに加え、需要による変動があります。更に、燃料が自然エネルギーであるため、大型の貯水池を持つ水力発電所以外は、発電量を制御することができません。そのため、再エネプロジェクトの多くは、一定量を固定価格により買取る制度や契約(Feed-in Tariff(FIT)制度、Take or Pay契約やCapacity Payment契約)にもとづいて、需要や価格は変動要素にはせずに、気候による自然エネルギーの変動のみが変動要素とできるように取り組むことが多いです(但し、昨今、需給の緩む日にち・時間帯において出力抑制の指令を受け、売電に制約が出る事もあります。)。
上記に加え、Off-Takerが信用が高い場合は、支払いの遅れは気にしなくとも問題ありませんが、東南アジア等のOff-Takerの信用が低い場合、支払い通過(例えばドル)が確保できずに、支払いが遅れるということもありえます。それを避けるために、PPAやCAにおいて、政府保証を付けたり、NEXIのような保険で対応することが考えられます。
またプロジェクトファイナンスで資金調達を行う場合、想定する最悪シナリオでも返済に困らない水準のDebt Service Reserve Ratio(”DSCR”)を満たせる金額しか、資金が調達できません。もちろん、PPAの仕組みがCapacity Paymentのような固定収入が得られたり、支払いに政府保証があるなどがあれば、これらは緩和されることもあります。
このように、マーケットリスクを如何に対応するかを、制度や契約によって対応していくことになります。
財務リスク
変動金利による融資は運転資金や短期資金需要と同様に、建設のための長期金利にも用いられることはあります。元本に組み入れられる建設中利子や、元利支払い額を予測するために用いる将来の金利水準は、金利に対して如何に現実的な前提を設けるかが重要となってきます。このために、実績のある財務アドバイザーの存在は重要であり、特にプロジェクトファイナンスをする場合、モデルの構築とともに、こうした財務関連の仮定をアドバイスに従って、適切に設定しなくてはなりません。
資本支出、操業経費、売り上げ、借入がすべて同じ通貨建てであれば、為替リスクは存在しません。しかし、東南アジア等で再エネプロジェクトを実施する場合、収入や借入はアメリカドルであるが、地元の労働力、特に土木工事や操業に関わる費用はローカル通貨である可能性が高いです。この場合、為替予約ができるのか、できない場合は、変動予備費など、財務的な対策が必要となってきます。
建設費用について、算出した日から、建設が終わるまで3年、長ければ6年などの時間がかかるため、費用の変動は生じる。その将来の変動を予測する際に用いるインフレ係数を正しく計算するには、世界やその国のマクロ経済を十分に理解している必要があり、財務アドバイザーから助言を得るなど、十分に検討が必要です。インフレが予測を上回ることもあり得るため、それに備え、Contingency ReservesやManagement Reservesの設定はコストオーバーランを起こさないためにも重要となります。
リスク表の作成
洗い出したリスクをリスク登録簿(Risk Register)に、発生確率、影響度、評価、優先度、対応策、責任箇所などと合わせて記載します。ここで発生確率と影響度については、その値に法則はなく、各企業によって重み付けは異なります。一般には3~5段階程度とし、Priorityを3段階程度にしている例が多いかと思います。
図1の事前対策では、計画に対策案を盛り込むことになりますが、事後対策では、発生してからしか対応できませんで、その対策費用を予備費として盛り込んでおくことになります。
この予備費には、Contingency ReservesとManagement Reservesがあり、前者はある想定のもと、ベースとなるコストに盛り込む予備費ですが、Management Reservesは、一定の率により、基準値に加える予備費となります。後者については、ステージが上がるに従い、その率を減らしていくことは可能です。
リスクの対応の実施
これまでは主に事前の対応、事前の リスク 対応について述べてきましたが、次は リスク が発現した後の対応方法についてです。
リスク が発現した後は、以下のようなステップで対応を行います。
- 発現した リスク の認知(課題管理表(Issue Log)への登録)
- 原因の特定と影響度の分析
- 対策案の詳細検討
- 対策案の実施
- 対策結果の検証(Lessons Learned Register)
- 関連文書への反映(Risk Register Updated, Risk Report)
表には、「発生日」「事象内容」「原因」「影響度」「対応策」「対応期日」などを記載することになります。これは、備忘録であり、かつ将来のLessons Learnedにもなっていきます。形式などは会社によって様々ですが、記録して管理していくという点では、必ず行うべき事項となります。再エネプロジェクトにおいて、必ず何等かの リスク が発現するものと考えるべきです。当ブログにおいてもケーススタディーとして、過去事例を記載していきたいと考えています。
リスクの監視
ここでは課題登録表のうち、解決していない事象について、監視、対策実施に応じて、各文書を更新していきます。その中で二次的に発生する リスク も考えられるので、その場合は改めて、リスク管理表に加えて、管理していくことになります。
最後に
PMBOKに基づいて、再エネプロジェクトにおけるリスク管理について述べてきました。特に、各具体的な リスク やその対応方法については、個別の記事で記載するようにいたします。プロジェクトマネジメントの知識体系は、相互に関連しているため、明確に区別できないことが多々ありますので、できる限り、つながりのある話題はリンクさせていくようにしたいと思います。
またここでのリスク管理に関する内容は、PMBOKではどのようにリスク管理を述べているか、そのリスクを開発者目線でどのように考えていくかというものです。一方、プロジェクトファイナンスを組む場合、レンダー目線でのリスク管理を意識して、レンダーと交渉する必要があります。この点に関しては別の記事にて述べていきたいと思います。