リスク管理

不可抗力 事例: スエズ運河 での Ever Given 座礁事故

事故の流れ

世界で最も行き来の多い水路の一つであるエジプトの スエズ運河 で、巨大なコンテナ船「 Ever Given 」が座礁し、3月23日早朝(現地時間)から機能停止状態になりました。 Ever Given は中国からオランダ・ロッテルダムまでの積荷を運ぶ途中でした。SNSにおいても、その状況が報告されており、図(船の混雑の様子がVesselfinder.comで確認できます)にありますように、混雑状況が見て取れます。

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図1 Vesselfinder.comの図
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図2 Vesselfinder.comの図
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図3 動けなくなっている様子

Ever Given は、現在運航されているコンテナ船のうち、最も大きなコンテナ船であり、規模は以下の通りです。

  • Size: 400m long / 59m wide
  • Gross tonnage: 219,079
  • Capacity: 20,388 TEUs (20ft container equivalents).

現在(2021/3/27)時点において、極めて対応が困難となっており、アメリカ海軍が救援行う方向になっています。Zero-Hedge社による記事が非常によくまとまっており、 スエズ運河 の形状、 Ever Given の大きさとの関係、救援状況など、一通りはまとめられています。

大まかなこれまでの動きは、1)タグボートと浚渫船は、座礁した Ever Given の再浮上に失敗>>2)再浮上の見通しを今週末から来週水曜(2021/3/31)まで延期>>3)米海軍が現地到着というものです。

この影響が世界の物流、特にヨーロッパへの影響が大きく、300隻の船舶が スエズ運河 を通過待ちであり、中国から欧州に向けたコンテナの価格が上昇しています。そもそも世界的にコンテナが不足していることが潜在的に至近では問題でしたので、その影響が大きくでそうです。ブルームバーグの報道によると、中国から欧州への「40フィートコンテナ」の輸送コストは、前年比で「4倍」に暴騰し、「8000ドル」にも達しているという。 複雑なジャスト・イン・タイム型のグローバル供給網の危うさに対する警鐘が鳴らされ、その危機に対し、世界が急に注目するようになったようです。

今回、アメリカ軍隊が救助に向かうことになったもの、タグボートや浚渫船などで対処しようとしたものの、全く見通しが立てられず、エジプト政府が米国大使館からの申し出を受け入れ、米海軍の浚渫専門家チームが現地に向かうことになったということです(Surz Canal steps up efforts to free stuck vessel, US watches energy market impact)。軍隊は世界で有数の土木施工部隊であることは意外に知られていませんが、アメリカの初期のダムは、アメリカ陸軍がつくったり、基準類を作成したり(US. Army Corps of Engineers)と、高い土木技術を有しています。ブッシュ政権時代のコリン・パウエル氏が土木工学出身者であることは意外に知られていません。

タグボート・浚渫船による船体の再浮上の見通しが立たない場合、大型クレーンによるコンテナ下ろしを行うこともあるそうですが、 積荷のバランスが崩れ、 Ever Given が転覆・沈没し、輪をかけて悲惨な事態を招くリスクが伴うそうでその場合、 スエズ運河 の長期封鎖が決定的になってしまいます。そういう背景からもアメリカ軍の派遣が決まったものと思います。

ちなみにその経済的な影響ですが、スエズ運河は世界で最も重要な航路の一つであり、 世界の物流の12%、液化天然ガスの8%が同運河を経由して輸送されています。 また、毎日200万バレルの原油が同運河を通って輸送されていることから、 同運河が封鎖されると、1日あたり約96億ドル(=約1兆円)の貿易が止まってしまう、機会損失が一時間あたり500億円にも達するという驚きの状態とも言えます。

海運事業に関する構造

さて今回、このブログでこの事象を取り上げるのは、今回の事故による損失は誰が負担し、誰が補償するのかという問題が、不可抗力による事故である点から興味深い事例であるからです。再エネにおいて、建設工事は大きなインパクトを与えますので、建設契約において、そのリスク配分、また損害責任の範囲は重要な検討項目となります。

今回の Ever Given の座礁において、主に2つの会社がでてきます。一つは、 Ever Given を保有する正栄汽船(日本企業)、 Ever Given を運営する海運会社であるエバーグリーン(台湾企業)になります。また、船舶管理は独ベルンハルト・シュルテ・シップマネジメント(BSM)が行っていたということです。

海運業界では、『オーナー(船保有会社、船主)』や『オペレーター(運航会社)』という言葉が使われます。これらの関係が一体である場合と、両者が全く分かれている場合があります。その形態として、

  1. オーナー(船主)=オペレーター(運航会社)である場合
  2. オーナー(船主)=オペレーター(運航会社)でない場合
  3. 海運会社(=オーナー)が海運会社(=オペレーター)に用船している場合

ケース1ですが、【海運会社】がオーナー(船主)であり、船や船員を管理し、商品や製品を集めて船で運びます。当然のことながらとても大きな規模になるため、海運会社も大きくなります。日本でも、日本郵船・商船三井・川崎汽船他といった会社が該当します。この例では、【海運会社】がオーナー(船主)であり、オペレーター(運航会社)となります。

ケース2は、【海運会社】は、オーナー(船主)から船を用船/傭船し(船の貸出)、オペレーターを行うケースがあります。大きな船を造船所に発注すれば、数十億~数百億もの資金が必要になりますが、用船/傭船(船の貸出)すれば、大きな資金負担無く用船料だけでオペレーター業務が行えます。大きな【海運会社】であっても、自社の船だけでなく、オーナーから用船/傭船し、オペレーターを行っているケースも多くあります。広島県や愛媛県をはじめ西日本には、このオーナー(船主)となる企業が多く集中しており日本経済の輸出入を支えています。

ちなみに、大きな船に船名ではなく横側面に大きく【ONE】や【NYK】や【MOL】や【K LINE】と書かれているのを見たことはないでしょうか。あれは用船しているオペレーター(運航会社)の【海運会社】の名前が書かれているので、その船のオーナー(船主)がそうとは限らないということです。

ケース3が【海運会社】が船を保有して、その船を国内または海外の【海運会社】へ用船するケースです。これはサービスも合わせて提供するパターンとなります。

船主から見た場合、ケース2が裸傭船契約、ケース3が定期傭船契約とよばれており、今回はケース2のように報道されていますが、実際はケース3にあたるようです(これらの契約に関する責任分担については、日本船主協会 「定期傭船契約とは」が参考となります)。一方、モーリシャスで生じた石油流出事故は、三井商船が定期傭船契約を結んでおり、一切の責任は運用を含めた長鋪汽船にありました。ただ、世論から三井商船が謝罪会見しておりますが、今回の件では全くエバーグリーン社がでてこず、正栄汽船が全面にでているのとは対照的な気がします。

図4 ケース2(裸傭船契約)
図5 ケース3(定期傭船契約、エバーグリーンと正栄汽船の例)

事故責任の所在

ここからが、本ブログで最も注目している点になります。つまり、座礁事故を巡り、船主の責任がどうなるかというものです。今回、スエズ運河の事例については、日本海事新聞の記事を参考に、FIDIC(FIDIC RED ver 2017)での条項と比較をしています。

建設契約 契約条件書 - FIDIC をもとに概説 -建設契約 のうち、 契約条件書 について、 FIDIC をもとに概説。詳細については、別記事、もしくは関連するリンクを添付してデータベース化しています。...

船主の責任

一般的に座礁船の離礁にかかったサルベージ費用や船の修繕費用は、操船上の過失の有無にかかわらず、船主が負担するそうです。建設工事において考えると、通常の事故が起こった場合、コントラクターがその対処を行うとともに、損害やクレームに対処するのと同じだと思います(FIDIC 17.4)。いわゆる、業務を請け負った場合の一般的な役務となります。

一方で貨物の損害に関するカーゴクレームは、操船上の過失があった場合も国際条約「ヘーグ・ヴィスビー・ルール」に基づき、船主は免責されるそうです。

エバーグリーンと スエズ運河 庁によると、今回の座礁事故の原因は、風速約15~20m/sの砂嵐に伴う強風とみられているそうです。海難事故の法的責任に詳しい戸田総合法律事務所の青木理生弁護士によれば、「強風の程度によるが、『 予見可能性 』と『結果回避可能性』の2つが船主責任のポイントとなる」ということです。「 予見可能性 」は、例えば台風の予報のように「強風を受けることが事前に予見できたか」というもので、今回の強風は突発的な砂嵐とされており、乗組員による予見は難しかったようです。一方の「結果回避可能性」は「通常の操船では対応不可能なほどの強風だったのか」というものです。この「 予見可能性 」と「結果回避可能性」を考慮して、突発的で結果を回避できない強風と判断されれば、過失がないと見なされます。

これは FIDIC の建設契約においても、 Exceptional Event もしくは Force Majeure を適用する際の重要な要素であり、 FIDIC ではこの2点を
(i) the Party could not reasonably have provided against before entering into the Contract
(ii)having arisen, such party could not reasonably have avoided or overcome

と記載してあります。そのうえで、具体的にExceptional Event (or FM)に記載してあるリストを参照に判断します(FIDIC 18.1)。

また青木弁護士によれば、「 スエズ運河 を通航するには水先案内人の乗船が原則として義務付けられていることにも着目すべき」と指摘されており、今回の事故は水先案内人の落ち度によって生じた可能性があるそうです。船主に過失がない場合は、契約を結んでいない第三者は船主に責任を追求できず、定期傭船契約を結んでいる運営会社のエバーグリーンとは、契約条項に基づき、責任範囲が決められるとのことです。仮に船主に過失があったと判断された場合でも、今回の事故による スエズ運河 の滞船で第三者の船に生じた遅延による損失は、船主の賠償責任の範囲外と見なされるそうです。青木弁護士は「こうした事故によって仮に他船に営業損失など何らかの損失が生じた場合でも、事故当事者が予見しにくいことから『間接損害』、『結果損害』や『純粋経済損失』などと見なされ、一般的には損害賠償は認められにくい」と説明されています。こうした契約や国際ルールでは、責任の上限が定められているとともに、間接損害に対する責任は極めて限定的となるのが、一般的であるようです。こうした責任の上限や間接損害については、FIDICなどの建設契約においても、明確に規定されています(FIDIC 1.15)。

オフハイヤー適用

船主の過失の有無にかかわらず、座礁船に対しては オフハイヤー (不稼働による用船契約の中断)条項が適用される可能性が高いそうです。 オフハイヤー 条項は船主過失の有無ではなく、船が不稼働であることが要件のため、稼動できるまで用船料は支払われないそうです。こうした点を考えると、運営会社側は、自分で船を保有するよりも、定期傭船契約(ケース3)などを結ぶほうが、リスクヘッジができるといえそうです。

貨物の損害を巡っては、航海過失免責を定めた ヘーグ・ヴィスビー・ルール に基づき、単なる船員の操船ミスによる事故「ナビゲーショナル・エラー」(航海上の過失)であれば、カーゴクレームを提起されても免責となるようです。しかし、エンジンや舵の故障をはじめ船の堪航性に問題があったなど特殊な場合は、例外に当たるケースがあるようです。これは、契約の本来の役務を果たしていないということであり、建設工事を考えてみると、 FIDIC にも同じように、間接損害を遡及される例外事項が記載されています。つまり、契約に記載されている役務を果たさずに事故や損害があった場合は、責任の上限なく、補償が必要となります(FIDIC 1.15)。こうした点は、契約全般で同じような考え方といえそうです。

カーゴクレームは、BL(船荷証券)の発行人が運送人として荷主との窓口となり対処するということです。貨物にダメージがあった場合は、荷主が契約する貨物保険で損害が補償され、保険会社がBL発行人に賠償を請求することになるそうです。このあたりについては、日本船主協会 「定期傭船契約とは」にも記載されています。

船舶保険

過失の有無にかかわらず、座礁船の離礁にかかったサルベージ費用は船主が支払うことになり、一般的には船主が契約する船舶保険でカバーされるとのことです。 船舶保険過失の有無にかかわらず、座礁船の離礁にかかったサルベージ費用は船主が支払うことになり、一般的には船主が契約する船舶保険でカバーされます。そもそも座礁船を放置すること自体が船主の落ち度と見なされる可能性あるようで、船の修繕費用と同様に、サルベージ費用は船舶保険でカバーされます。建設契約でも、Construction All Risk Insuranceなどで事故の多くはカバーされるのと同様です。

しかし、今回はアメリカの支援も要請されており、これらの費用も請求されることとなれば、保険ではカバーしきれない範囲となる可能性もあるように思います。この点も今後の動向を見守りたいと考えています。

また スエズ運河 の設備ダメージは、同運河の規定にのっとり、責任の主体が判断されるとのことです。同規定は、水先案内人の過失による事故でも船長が責任を負うと規定しており、船員に過失がなくとも船主が賠償請求される可能性があるようなので、今回の場合ももしかすると、船主に請求が行われる可能性も否定できません。

ABOUT ME
Paddyfield
土木技術者として、20年以上国内外において、再エネ 事業に携わる。プロジェクトファイナンス 全般に関与、事業可能性調査 などで プロジェクトマネージャー として従事。 疑問や質問があれば、問い合わせフォームで連絡ください。共通の答えが必要な場合は、ブログ記事で取り上げたいと思います。 ブログを構築中につき、適宜、文章の見直し、リンクの更新等を行い、最終的には、皆さんの業務に役立つデータベースを構築していきます。 技術士(建設:土質基礎・河川、総合監理)、土木一級施工管理技士、PMP、簿記、英検1級など