ミッソンプロジェクト
このブログで書くことにした切欠
2021年2月1日に、ミャンマー軍によってアウンサンスーチーを含む与党NLDの有力者が拘束、大統領令に基づいて立法・行政・司法の全権が、ミン・アウン・フライン国軍総司令官に移管され、軍によると統治が宣言されました。その期間は1年で、今後、どのように推移していくか、注目されれるところです。そうした中で、ミッソンプロジェクトは、2015年の民政化移管を前後して、紆余曲折があったプロジェクトであり、今回ここでミッソンプロジェクトについて書きたいと思います。
中国の外交とミッソンプロジェクト
ミャンマーでは、主要産業である農業向け用水供給を目的にこれまで多くダムが建設されており、2000年頃からは、都市部における電力事情改善を目的に、発電所用のダムが建設されるようになりました。
これらダムの建設にあたり、軍事政権であったためミャンマーは、欧米諸国からの支援が得られず、技術力と資金力に劣るミャンマーにとって中国の支援は不可欠のものでした。ミャンマーが中国に頼る理由は、中国が隣接する大国であることだけではなく、軍事政権に対して、主要国では中国だけが、内政不干渉を掲げ、関係強化を図ってきたことも大きな理由です。ミャンマーの資源輸出外交(外貨獲得)と中国の資源調達外交の思惑が一致し、これまで強い関係を結んできたといえます。
ミッソンダムは、ミャンマーと国境を接する中国雲南省の深刻な電力不足を背景に、2009年3月の「水力発電の共同開発に関する中国とミャンマーの政府間枠組み協定」に基づき、両国の国家プロジェクトとして建設が始まったものです。本件は、投資総額36憶ドル、計画総発電容量600万KWに及ぶ大プロジェクトで、ミャンマー国内最大の発電所になることが期待されていました。
ところが、プロジェクトが動き出して間もない2011年9月末、テイン・セイン大統領(当時)は、任期中(2016年3月30日まで)は建設を凍結するとの大統領令を唐突に発表しました。この背景には、環境破壊に対する国民の強い危惧、中国との利益配分に対する国民の不信感や不満(発電量の90%を中国側に供給)、少数民族武装勢力(カチン族)の反発(水没予定地の半分近くをカチン独立軍がコントロール)などがありました。加えて、国民から絶大な支持を得ていたアウンサン・スーチー氏の反対姿勢も大きく影響していたと思います。その後、テインセイン大統領の任期が終わった2016年4月以降、中国側はミャンマー側に建設再開を求めましたが、国民から強く反対されているプロジェクトであることから、スーチー氏は、建設を再開するか否かは調査委員会の報告を待って判断するとしながらも、理由なく判断をこれまで先延ばしにしてきています。建設は現状止まっていますが、中国の利権をミャンマー政府は取り上げたわけではなく、住民が反対を続け、中国が未だ建設再開をしていないという状況です。
概要
位置
ミッソンプロジェクトは、カチン州北部ミッソン地区イラワジ川の上流で計画されているダム式の発電プロジェクトで、イラワジの源流にあたるマリカ川とメカ川の合流点にダムを建設するものです。ミッソンはビルマ語で「合流地点」といった意味で、上記の2つの川の合流点を意味します。図1にミャンマー国の全体図、図2にミッソン地点の近傍位置図、図3にミッソンプロジェクト及び上流に控えているプロジェクトの位置図を示します。
プロジェクトの概要
ミッソンプロジェクトは、メリカ川及びマリカ川の最下流に位置する河川一貫開発プロジェクトになります。発電のために建設するダムは約150mあるロックフィルと呼ばれる形式のダム(図4)で、発電の出力は6,000MWであり、総事業費が36億USDといわれています。関西電力(KEPCO)が予備事業可能性調査を行ったのち、その結果をもとに、ミャンマー電力省がプロジェクトとして認知し、2009年12月にミャンマー電力省とYunan International Power Investmentとが開発に合意しています。この投資には、ミャンマー企業のアジアワールド社も参加しており、更には総合建設請負業社としても関与する予定になっていました。当初の計画では90%の電力を隣接する雲南省から中国に輸出されることになっていました。
水力発電所は、水の位置エネルギーを電力に変えて発電します。その位置エネルギーを”落差”と呼びます。一つの河川における位置エネルギーを余すことなく使うように水力発電として開発することを河川一貫開発といいますが、メリカ川、マリカ川もそうした計画でした。河川の上流は、雪に覆われた未開の地域であるため、雨や雪を自然が天然のダムのように貯め、1年を通して豊富な水をイラワジ川の源流として流していますので、水力発電所開発には本当に優れた場所なのです。ただ、需要地に遠いというのがミャンマー需要向けには欠点なのですが(近傍の大都市、マンダレーからミッソンまででも500km程度の距離がある)、中国国境に近く、雲南省への送電には適した場所とも言えます。世界銀行グループのIFCがStrategic Environmental Assessment1)という社会環境視点から水力開発に関するポテンシャルを検討した資料があるので、それが参考になるかと思います。
プロジェクト名 | 出力[MW] | 参加企業 |
Mitsone | 6,000 | Yunan International Power Investment (China), Asia World Co., Inc (Myanmar) |
Laza | 1,900 | |
Chipwi | 3,400 | China Power Investment Corporation (China) |
Wutsok | 1,800 | |
Kaunglanhpu | 2,700 | |
Pisa | 2,000 |
表1 メリカ川・マリカ川の河川一貫開発プロジェクト1)
ミッソンダムにおける集水面積は4万km2であり、その面積は東京都の20倍にも及ぶ広大な土地です。貯水池の面積は、766km2と大きく、移転住民も1万5千人を超えるといわれています。2009年に建設を開始し建設を進めていましたが、地元で反対運動が巻き起こり、民政移管から約半年後の11年9月に建設は中断しています。ミッソンプロジェクトやその他の上流プロジェクトのために、Chipwingeという99MWの発電所がすでにできております。また、橋梁についても建設始められましたが、途中で放棄された状態で残っています(図5)。動画にもありますが、現在は建設が止まっており、観光客がにぎわう姿が見受けられますが、あくまで中断という形です。
この地域は翡翠や金が採れることでも有名であり、河川には翡翠が見られますし、また砂金も取れるという地域です(図6)。更にこの地域は、カチン族の聖地でもあったりと、単なる水力発電所の利権、それに伴う移転問題にはとどまらない複雑な事情が絡んでいます。
最後に
軍事政権に移行した2021年2月、今後、ミッソンプロジェクトがどのようになっていくかによって、政権の姿勢がわかるかと思います。もし、現状維持もしくは中止ということになれば、軍の宣誓通り、「中国に近づきすぎるアウンサンスーチーを止める」ということと思います。というのも、スーチー氏が本プロジェクトを再開するのではという噂はかねがねあったからです。そういった意味で、本プロジェクトは注目に値するかと思います。
こうした複雑なミャンマーの歴史に興味のある方は、下記の本を参考にされるといいかと思います。王朝時代から民政移管(2011年)まで書かれており、ミャンマーの歴史の概要がわかるかと思います。
根元敬 (著)
上記の著者の根元氏は、上智大学の教授でミャンマー研究の一人者です。2020年11月の総選挙後にも、読売新聞のインタビューに答えて、今後の方向について述べていらっしゃいます。
読売オンラインインタビュー 父の創った国軍に立ち向かうアウンサンスーチー
更に、2021年2月1日後も、インタビューを受けていらっしゃいます。その際、アウンサンスーチー氏が築いてきたものを国軍が壊していくといったことを述べていらっしゃいますが、私個人的には、アウンサンスーチー氏は過去の4年でそれほど何も実績がないので、あまり変わりがない、後は民衆がどう受け止めるかだと思っています。その意味でも、本プロジェクトの動向は大事です。
2021年2月19日:ミャンマー軍に関する興味深い記事が出ていましたので、参考に添付しておきます。
(2020年ミャンマー総選挙)クーデターの背景――誤算の連鎖(工藤 年博) – アジア経済研究所 (ide.go.jp)
(2020年ミャンマー総選挙)クーデター後、国軍は何をしようとしているのか?(長田 紀之) – アジア経済研究所 (ide.go.jp)