メコン川 支流開発 セピアン セナムノイ プロジェクト概要
メコン川 支流であるセコン川の更に支流に位置する セピアン セナムノイ(Xe pian Xe Namnoy:”XPXN”)水力発電所は、チャムパサック県パクソン郡セ・ピアン川(ラオス語でセは川を意味するので、セピアン川というのはおかしいのですが、わかりやすさのためにセピアン川と記載しておきます)およびセナムノイ川に 大型ダム を建設、 ダム水路式 の発電所(図1)で、計画発電容量は410メガワット(41万キロワット)、発電容量の90%を隣国 タイ に輸出するものです。
韓国企業、タイ企業、ラオス国営企業の共同出資によって進められてきた BOT(build-operate-transfer) 事業であり、企業が32年間建設・操業した後、ラオス政府に移管されるという方式で開発されてきました(図2)。
プロジェクト のために設立した 特別目的会社 (Special Purpose Company: SPC )がXe-Pian Xe-Namnoy Power Company (“PNPC”) であり、出資者は以下の通りです。
- SK Engineering and Construction (“SKEC”)
- Korea Western Power:KOWEPO(韓国西部電力)
- タイ企業のRatchaburi Electricity Generating Holding (“RATCH”)
- ラオス国営企業Lao Holding State Enterprise (“LHSE”)
企業が、自国ではないところで発電事業を行う場合、その事業が他の事業に影響を及ぼさない、もしくは、その会社の信用では資金を調達できない場合に、 プロジェクトファイナンス で資金を調達することが多々あります。その事業を行う会社として、 SPC を設立します。今回のXPXNでは、その SPC が PNPC です。
水力 発電によるこうした Independent Power Producer ( IPP ) 事業というのは、火力などの発電形式に比べると非常に建設リスクが高いといわれています。主な理由としては、①初期投資が大きい(投資回収期間が長い)、②環境リスクが高い(環境・社会影響範囲が広い)、③建設リスクが大きいがあります。①と③は強いつながりがあるのですが、一般にダムを伴うような 大規模 水力発電事業 は、建設期間に5-6年程度かかりますし、初期の開発フェーズから建設完了までには10-15年程度かかります。こうして点からも一般の投資家からは敬遠される理由でもあります。
そうした背景で行われて XPXN ですが、 XPXN の発電用ダムが建設中に崩壊しています(2018年7月23日)。その原因は、SKEC側は予想外の降雨が原因と主張していますが、状況から施工不良であったともも伝えられています(その際の映像はこちら)。そのように述べられている背景を以下に記載します。
プロジェクトスキーム と建設の関係
XPXN のコントラクターは、株主でもある SKEC であり、 EPC Turn Key 契約にて受注しております。
設計を含め、一切の建設にかかる責任はこの SKEC にあったわけです。一方、 建設契約 を作成したのは、 SKEC を含むコンソーシアムであり、 SKEC は契約の中身を十分周知したうえで受注していると考えられ、コントラクターに課せられたリスクも十分理解したうえで受注していたと可能性があります。その契約書は、 インセンティブ条項 が組み込まれていたと言われており、早期に仕上げた場合、ボーナスがもらえる仕組みになっていたようです。予定工期よりも6か月早く工事を終え、発電が開始できたということで、約20億円ものボーナスを PNPC から SKEC に支払われました(受注金額が600億程度のようですので、割合にすると契約金額の約4%程度)。
そして、発電開始の直後に、今回のダム崩壊が起こりました。発生した電力の90%は タイ に輸出、 PNPC は EGAT に売電することになりますが、雨が降る季節(雨季)に売電が開始できれば、 PNPC の収入も大きくなります。加えて、ラオスは雨季と乾季がはっきりしているために、雨季前にダムが完成しないと、水がためることができないことになるので、この時期を逃すと、 PNPC はその年に発電できないという事態が生じます。つまり、 PNPC は、雨季前にダムを完成させ発電をしたい、 SKEC としてもボーナスをもらうために早期に工事を完了したい(雨季前に竣工したいと)、と両者の利益が一致しており、早期竣工へのドライブがかかった可能性があります。
水力 発電所プロジェクトで、コントラクターとオーナーが一緒である事例は、リスクをマネージする観点から、多くのプロジェクトでみられる体制ではあるのですが(至近のアジアでは、Xayaburi発電事業がその体制にあたります)、一方でこうした ガバナンス が効かなくなる、つまり 利益相反 をどう抑えるかというのが、こうしたスキームにおけるプロジェクトの成功の秘訣となります。
水力発電事業のリスク:建設リスク
上述しましたリスクのうち、③建設リスクが大きいに関して、これを低減させる方法の一つが、開発事業者にコントラクターを入れて、開発事業段階からコントラクター目線で建設に関わるリスクを低減してもらい、建設は工期通り、かつ予定工事費用範囲で実施してもらうというものです。つまり、 EPC Turn Key 契約のもと、一切の建設リスクを担ってもらうというのが一つの目的となります。
これによる事業者側の最大のメリットは、 プロジェクトファイナンス で最も重要な項目の一つである、建設リスクを誰がとるか、という問題に対して、シンプルな回答ができるというのものです。つまり、設計から施工まで全ての責任は1つのコントラクターが受け持ち、万が一何かあった場合は、この会社に訴求できるというものです。一方、コントラクター側のメリットとして、事業の予算をコントロールできます。 SKEC のような立場の場合、事業の出資者でもあるので、建設に加えて、事業でも利益が得られます。その上、事業予算のほとんどである建設工事費をも管理できるため、建設業を営む会社には非常に魅力的に映るわけです。日本のゼネコンも、アジア通貨危機(1997年)前までは、同じスキーム( BOT )で高速道路工事を手掛けており、熊谷組が先頭を走っていました(探したのですが、ネットで当時の資料が落ちていませんが、概略的にこの資料のP11参考にできるかと思います。)。最近また同様のスキームを日本のゼネコンが追究しだいしていますが、世界的には周回遅れで、COVID19の影響で、1997年と同じ状況になるような気がしています(日本政府はわざと日本のゼネコンに損失を被らせたいのかと思いたくなるほどのいつもタイミングが悪いです)。
こうした状況のもと、 XPXN では SKEC が事業者かつコントラクターとなり、事業を進めてきたというのが、今回のダム事故の背景の一つとなります。
セピアン セナムノイ 技術的な概要
プロジェクトの位置とレイアウト
ここではスキームに関わる事故の原因ではなく、技術的な観点から事故の原因と考えられる内容をまとめます。
まず位置ですが、 XPXN というのは、流域変更というスキームを使った ダム水路式 の水力発電プロジェクトです。川とは、ある範囲(流域)に降った雨が低いところに流れ込み、低いところで生じた表面水の流れになります。このプロジェクトでは3か所の流域を一か所にまとめ(Transfer Conduitを通して、ホーマックチャン貯水池>セピアン貯水池>セナムノイ貯水池に水を運び、水圧鉄管を通して、発電、セコン川へ水を放流(図3))、更にその集めた水を別の川(セコン川)に流して発電するというものです。今回壊れたダムはセナムノイの貯水池を構成するダム群の一つ(副ダムD)が壊れたものです(図4)。
今回の事故では、 セナムノイ川 に流れ込まず、副ダムが壊れたことで、川ではない陸地側に水が流れこんだことも、被害を大きくした原因となっています。
ダムが壊れた原因
XPXN があるボルベン高原は、堆積岩である砂岩の上に溶岩が流れ込み、それが固まってできたもので、隆起と侵食が繰り返された非常に複雑な地層となっています。深部であっても風化されている地層もあり、ダムの基礎にするには不適切な場所もあります。一方、高原というだけあって、短い距離で高さの差(これを落差といいます)があり、 水力 発電に適した場所や峡谷があり、地形的にダム建設に適した場所も見られます。図6は XPXN の付近の立体図ですが、 XPXN の周りが断崖絶壁である様子がわかると思います。上記の地形的、地質的特徴がダムが壊れた原因と考えられています。
ダムの構造
今回壊れた ダム は、 アースダム といわれる形式のダムで、ダム全体が水を通しにくい構造のダムになっています(これを 不透水性 といいます)。通常、 基礎地盤 (ダムが設置している山)の水路(ダムの裏の水が水圧でおされてどうしても下流に水が流れる)を制御するために、あえて 透水層 をつくってコントロールします。
特にこの XPXN の地層は複雑で、砂岩や礫岩の上に溶岩がのっかってできており、風化した玄武岩や急激に冷えたためにできた弱層などがあって、地層的な弱点や水路となるため、ダムを建設する際には、注意すべき地層となっていました。しかしながら、今回の設計ではそうしたことに対する対策が施されおらず、ダムに貯水された水が、弱層に流れこみ(図7の水色、また矢印部分)、 基礎地盤 が動いたため(ダム付近のコンター線)、それに沿ってダムが変形(ダムの中央部分)、その変形したところに水が通って、更に変形、ダム堤体の土砂が流れ出して破壊につながったのではないかというものです。こうした点は、ラオス政府主導の第三者調査委員会において検証されています。
更にその根拠として、破壊したダムの下流側の基礎としていた山で滑りが起こっています(図8)。つまり、この滑りも貯水池の水が流れ込み、地層の弱いところが滑ったというものです。 XNXP には、他にも同じような場所があるため、再度貯水すると同じようなことがおこらなかいか心配されています。2019年に運転開始されているようで、今後も問題ないのか注目していくべき地点だと思います。
考察
XPXN は、技術的な瑕疵があったかどうかも今後注目していくべき案件ですが、それに加えて、建設スキームや契約条項に関しても、 再エネ プロジェクトを成功させていくために、参考にすべき事例といえそうです。
大型 再エネ プロジェクトにおいて、建設費用を如何に正確に見積もり、また実際に安く仕上げていくかは、最も重要な課題、かつリスクであるため、開発する会社の出資者にコントラクターを入れることはリスクを低減するための一つの手段だと考えます。
一方、 利益相反 にならないようにどのように ガバナンス を SPC に定めるかは、プロジェクト成功のために必要な観点であるといえそうです。